大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成4年(ワ)8678号 判決

原告

辰野株式会社

右代表者代表取締役

辰野克彦

原告

日本コンクリート興業株式会社

右代表者代表取締役

辰野克彦

右両名訴訟代理人弁護士

萩原新太郎

辰野守彦

千川健一

被告

光世証券株式会社

右代表者代表取締役

巽悟朗

右訴訟代理人弁護士

石井通洋

夏住要一郎

間石成人

鳥山半六

岩本安昭

阿多博文

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二1  被告は原告辰野株式会社に対し、金四三億六七七二万八八五五円及び内金一五億六三〇三万一〇三六円に対する平成二年九月二八日から、内金一〇億四七七六万七六一六円に対する同年一二月二〇日から、内金三億七一一二万三二〇〇円に対する同月二一日から、内金一二億五八五九万一六〇〇円に対する同月二八日から、内金一億二七二一万五四〇三円に対する平成三年一月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告日本コンクリート興業株式会社に対し、金一二億三三九八万一六四三円及び内金七億九一五四万六六四七円に対する平成二年九月二〇日から、内金四億〇六四九万三七八四円に対する同月二一日から、内金三五九四万一二一二円に対する平成三年一月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第二項1、2に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  主位的請求

1  被告は原告辰野株式会社(以下「原告辰野」という。)に対し、金六二億〇七四二万七三五七円及び内金二〇億五六五六万五七〇〇円に対する平成三年一月二二日から、内金二三億二〇六三万七六五七円に対する同月二六日から、内金一八億三〇二二万四〇〇〇円に対する同年二月一日から各支払済みまで年9.45パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は原告日本コンクリート興業株式会社(以下「原告日本コンクリート興業」という。)に対し、金一七億九一三四万六二四〇円及びこれに対する平成三年一月二二日から支払済みまで年9.45パーセントの割合による金員を支払え。

二  予備的請求

1  被告は原告辰野に対し、金六二億二四〇七万九八九八円及び内金二二億三二九〇万一四八〇円に対する平成二年九月二一日から、内金一四億九六八一万〇八八〇円に対する同年一二月二〇日から、内金五億三〇一七万六〇〇〇円に対する同月二一日から、内金一七億九七九八万八〇〇〇円に対する同月二八日から、内金一億八六二〇万三五三八円に対する平成三年一月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告日本コンクリート興業に対し、金一七億七五九九万〇九四八円及び内金一一億三〇七八万〇九二五円に対する平成二年九月二〇日から、内金五億八〇七〇万五四〇七円に対する同月二一日から、内金六四五〇万四六一六円に対する平成三年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、株式その他有価証券を一定期間経過後に一定の価額で被告が他に売却し又は被告自ら買い取るとの条件で被告の指定する者から購入したという買戻条件付売買契約と、一定期間をおいた買戻代金の決済日を弁済期間とし、買戻決済額と原告らの右購入代金との差額から原告ら負担にかかる有価証券取引税を控除した額を利息として各購入代金相当額を貸し付けたという金銭消費貸借契約との選択的主張に基づき、被告に対し、主位的に、右契約に基づき株式有価証券買取代金相当額又は貸金元本利息相当額の支払を求め、予備的に被告の常務取締役(後に専務取締役)の不法行為による民法七一五条の使用者責任ないし商法二六一条、七八条、民法四四条の不法行為責任としての損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1(一)  原告辰野は、繊維製品の製造・販売、株式その他有価証券の保有・運用等を目的とする株式会社であり、原告日本コンクリート興業は、配管材等の製造・販売、株式その他有価証券の保有・運用等を目的とする株式会社であって、原告辰野と資本関係、役員をほぼ共通にする関連会社である。

(二)  被告は、有価証券売買等を目的とする株式会社であり、今泉仁之(以下「今泉」という。)は、昭和六二年一〇月以降平成二年九月まで被告の常務取締役、本店営業部長であり、同年一〇月以降は専務取締役、西日本地区担当本店営業部長であった。

2  原告辰野は、昭和六三年二月ころ、東海銀行船場支店の根岸修治(以下「根岸」という。)から被告を紹介され、昭和六三年一一月ころ、根岸から、買値、売値及び期間の定まった株式等有価証券の売買取引をすることを勧められ、別表番号(以下、単に「番号」という。)1記載のとおり、株式会社アセットマネージメントサービス(以下「アセット」という。)から、三菱地所ワラント九七〇ワラントを、代金二億九八一七万四一二〇円で購入し、同月一八日、右代金を東海銀行今里支店のアセットの口座に振り込んで支払い、決済日である平成元年二月一七日、佐伯建設工業株式会社から、三億〇五〇六万〇一五〇円が原告辰野の口座に振り込まれた(ただし、取引の当事者及び性質については後述のとおり争いがある。)。

その後、番号1と同様に番号2以降の各取引(番号16、41ないし45の各取引については、後記3(一)ないし(六)で詳述。)が行われ、平成二年九月ころ、原告日本コンクリート興業も、同様の取引である番号46以降の各取引(番号46、47、51、52の各取引については、後記4(一)ないし(四)で詳述。)を行った(ただし、取引の当事者及び性質については後述のとおり争いがある。)。

右取引において、原告らの株式等有価証券の購入価格は、市場の実勢価格とは乖離しており、また、原告らが実際に株式等有価証券を取得することは取引の前提とされていなかった。

3(一)  原告辰野は、平成二年九月ころ、番号16記載のとおり、アセットからワラントを購入し、同月二八日、代金を同社に支払った。

銘柄 三菱地所ワラント 五六二〇ワラント

代金 二二億三二九〇万一四八〇円

決済日 平成三年一月二五日

決済額 二三億二〇六三万七六五七円

なお、右代金は、アセットが原告に対し支払うべき番号14と番号15の決済金の合計額をもって原告がアセットに対し振り替えたものである。すなわち、平成二年三月ころ、原告辰野と岩谷興産株式会社との間の三菱地所四三〇〇ワラントの取引(番号12)の決済日である同年六月二六日の数日前、原告辰野とアセットとの間で、番号12の取引について、番号14のとおり決済日を同年九月二七日、決済額を一四億〇二九八万二五〇〇円とする合意がなされ、同年六月ころ、原告辰野と株式会社上田電機百貨店との間の三菱地所ワラント一三二〇ワラントの取引(番号15)の決済日である同年九月二七日の数日前に、原告辰野とアセットとの間で、番号14の決済金一四億〇二九八万二五〇〇円と番号15の決済金八億二九九一万八九八〇円の合計二二億三二九〇万一四八〇円について、番号16のとおりの合意がなされたものである。

(二)  原告辰野は、平成二年一二月ころ、番号41記載のとおり、株式会社森本組から、次のとおりワラントを購入し、同月二〇日、代金を同社に支払った。

銘柄 富士通株式会社ワラント 二〇〇〇ワラント

代金 一二億六二五二万八〇〇〇円(約定支払日同月二一日)

決済日 平成三年一月二〇日(なお、同日は日曜日のため、決済日は同月二一日)

決済額 一二億八一九三万三八〇〇円

(三)  原告辰野は、平成二年一二月ころ、番号42記載のとおり、株式会社森本組から、次のとおりワラントを購入し、同月二〇日、代金を同社に支払った。

銘柄 エーザイ株式会社ワラント 六五〇ワラント

代金 二億三四二八万二八八〇円(約定支払日同月二一日)

決済日 平成三年一月二〇日(なお、同日は日曜日のため、決済日は同月二一日)

決済額 二億三七九一万四〇〇円

(四)  原告辰野は、平成二年一二月ころ、番号43記載のとおり、エムジーファイナンス株式会社から、次のとおりワラントを購入し、同月二一日、代金を同社に支払った。

銘柄 三菱地所株式会社ワラント 二〇〇〇ワラント

代金 五億三〇一七万六〇〇〇円

決済日 平成三年一月二〇日(なお、同日は日曜日のため、決済日は同月二一日)

決済額 五億三六七二万一五〇〇円

(五)  原告辰野は、平成二年一二月ころ、番号44記載のとおり、株式会社デナフから、次のとおり株式を購入し、同月二八日、代金を同社に支払った。

銘柄 株式会社東海銀行普通株式 四三万六〇〇〇株

代金 一二億五六九八万八〇〇〇円

決済日 平成三年一月三一日

決済額 一二億七九二二万四〇〇〇円

(六)  原告辰野は、平成二年一二月ころ、番号45記載のとおり、株式会社朝日化学工業所から、次のとおり株式を購入し、同月二八日、代金を同社に支払った。

銘柄 新日本製鉄株式会社普通株式 一〇〇万株

代金 五億四一〇〇万円

決済日 平成三年一月三一日

決済額 五億五一〇〇万円

4(一)  原告日本コンクリート興業は、平成二年九月ころ、番号46記載のとおり、岩谷興産株式会社から、次のとおりワラントを購入し、同月二〇日、代金を同社に支払った。

銘柄 鈴木自動車工業株式会社ワラント 二〇〇〇ワラント

代金 八億六七〇万七八〇〇円

決済日 平成三年一月二一日

決済額 八億四一三一万七〇〇〇円

(二)  原告日本コンクリート興業は、平成二年九月ころ、番号47記載のとおり、岩谷興産株式会社から、次のとおりワラントを購入し、同月二〇日、代金を同社に支払った。

銘柄 三菱地所株式会社ワラント 五〇〇ワラント

代金 三億二四〇七万三一二五円

決済日 平成三年一月二一日

決済額 三億三七九七万九〇〇〇円

(三)  原告日本コンクリート興業は、平成二年九月ころ、番号51記載のとおり、佐々木不動産株式会社から、次のとおりワラントを購入し、同月二一日、代金を同社に支払った。

銘柄 三菱地所株式会社ワラント 九七〇ワラント

代金 三億五二一一万二一八二円

決済日 平成三年一月二一日

決済額 三億六七二四万一五一五円

(四)  原告日本コンクリート興業は、平成二年九月ころ、番号52記載のとおり、佐々木不動産株式会社から、次のとおりワラントを購入し、同月二一日、代金を同社に支払った。

銘柄 三井不動産株式会社ワラント 三五〇ワラント

代金 二億二八五九万三二二五円

決済日 平成三年一月二一日

決済額 二億四四八〇万八七二五円

5  今泉は、原告辰野に対し、平成三年一月九日、被告の担当専務として「下記の取引について期日に遅滞することなく受渡し履行いたします 光世証券株式会社専務取締役今泉仁之」との記載があり、「下記取引」として前記3、4項の各取引の表示のある「念書」と題する文書(甲第一六号証の1ないし3)を交付した。

6  原告辰野に係る番号16の取引について決済日に当たる平成三年一月二五日が経過してもアセットから決済金の支払がなく、同原告に係る番号41ないし43の各取引及び原告日本コンクリート興業に係る番号46、47、51、52の各取引について、各決済日に当たる一月二一日が経過してもアセットから決済金の支払がなく、原告辰野に係る番号44、45の各取引について、各決済日に当たる一月三一日が経過してもアセットから決済金の支払がなかった(以下、番号16、41ないし47、51、52の各取引を併せて「本件取引」という。)。

7  原告らは、被告に対し、平成三年一月二八日付催告書(甲第一七号証の1)及び同年二月八日付催告書(第二回)(同号証の2)をもって、本件取引に基づく債権の支払を催告し、原告ら、被告及び東海銀行の間で、交渉がなされた。

二  争点

(主位的請求に関する原告らの主張)

1 原告らと被告との間の買戻条件付売買契約又は金銭消費貸借契約(準消費貸借契約)の成立

(一) 本件取引は、原告らと今泉との間で、株式その他の有価証券につき、被告が約定の決済日において、約定の決済額で被告自ら買い取り又は他に売却しその代金を原告に支払うことを条件として、原告らが当該有価証券を約定の代金で購入するとの合意をしたもので、この合意は買戻条件付売買契約に該当し、又は、原告らが被告に対し、株式等有価証券の売買契約の形式をとりつつ、実質的に同契約の決済日を弁済期とし、決済額と原告らの購入代金の差額から原告ら負担に係る有価証券取引税を控除した額を利息として、各購入代金相当額を貸し付けたもので、金銭消費貸借契約である。但し、番号16の取引は、原告辰野が、今泉との間で、番号14及び番号15の各取引の買戻し期限を猶予するとの合意をしたもの、又は、被告の原告辰野に対する平成二年三月二七日付消費貸借契約(番号14)に基づく一四億二九八万二五〇〇円の貸金返還債務・利息債務と平成二年六月二九日付消費貸借契約(番号15)に基づく八億二九九一万八九八〇円の貸金返還債務・利息債務との合計二二億三二九〇万一四八〇円につき、約定の決済日を弁済期とし決済額と原告辰野の購入代金の差額から原告辰野の負担にかかる有価証券取引税を控除した額を利息とする準消費貸借契約を締結したものである。

(二) 本件取引の当事者は被告であり、東海銀行ではない。本件一連の取引が東海銀行船場支店の紹介により開始したのは事実だが、その紹介内容はあくまでも被告の取引としての紹介であった。また、原告らは、被告の指示する名義人の口座に被告の指示する金額を送金し、被告の選択した買主から予め決まった金額の入金がなされることになっていたのであり、被告以外の当事者は取引時点において想定されていない。

今泉や同人の部下であった倉橋正治(以下「倉橋」という。)は、原告から取引開始以前からカミーコーポレーション(以下「カミー」という。)名義の東海銀行大阪支店の預金口座(昭和六二年七月二三日開設、同年一二月二八日解約。以下「カミー口座」という。)やアセット名義の東海銀行今里支店普通預金口座二五九―一四三(昭和六二年一二月二五日開設、同月二九日解約。以下「アセット第一口座」という。)、同支店普通預金口座二五九―五六四(昭和六三年一月二五日開設、同年一〇月六日解約。以下「アセット第二口座」という。)を利用して他社と同種の取引を行っており、倉橋が退社した昭和六二年九月以降は、今泉がアセット第二口座や同支店普通預金口座二六七―一六一(昭和六三年一〇月二四日開設。以下「アセット第三口座」という。)において同種の取引を行っていた(アセット第一、第二口座は倉橋が開設し、アセット第三口座は今泉が開設したものである。)のであり、むしろ被告がその主要な取引銀行の一つである東海銀行を利用したものである。

(三) 東海銀行から原告らへの融資と本件一連の取引は無関係である。

原告らが東海銀行による融資を受け入れたのは平成元年三月末日の番号5の取引だけであって、それについても同年六月末日、代金が決済され、東海銀行に対する返済が終了している(なお、平成元年六月三〇日にアセット第三口座から一一億〇三四三万八一五七円が原告辰野の東海銀行船場支店の口座に入金されて決済されたが、振込依頼票は今泉の筆跡である。)。

東海銀行からの融資残高は本件一連の取引の開始時点で既に五〇億円に達しており、本件一連の取引の残高に拘わらず、平成二年三月末日以降一定の水準に変更はない。

2 被告の今泉に対する本件取引についての代理権の授与

(一) 被告は、今泉に対し、本件取引に先立ち、被告のため本件取引をなす代理権を授与した。本件一連の取引において、今泉以下、被告法人部所属の村上裕俊(以下「村上」という。)、谷口精一(以下「谷口」という。)、山崎裕子(以下「山崎」という。)その他の事務職員、第一営業部所属の橋戸秀和(以下「橋戸」という。)らが、文書の作成、授受等に関与して組織的に行動していた。本件一連の取引において、業務連絡に用いられた便箋、ファックス送信用紙はいずれも被告の正式用紙であり、それらファックスも全て被告会社から送付されており、今泉に本件取引の代理権があったことは明らかである。また、今泉は、原告辰野に対し、平成三年一月九日、被告専務取締役の肩書で「念書」と題する文書を交付しているが、その趣旨は、右文書記載の既存の取引行為を確認し被告がその債務を負担することを確認することである。

(二) アセットは今泉が管理していた被告の受け皿会社であり、被告は本件一連の取引を認識して、今泉に代理権を授与したものである。

東海銀行今里支店のアセットの口座は、前記アセット第一ないし第三口座があり、また、東海銀行大阪支店には前記カミー口座があった。また、富士銀行大阪支店にも昭和六〇年五月七日、アセットの口座が開設されている。

今泉や倉橋は、原告らの取引開始以前の遅くとも昭和六〇年ころから、倉橋が中心となって、カミー口座やアセット第一、第二口座を利用して他社と本件取引と同様の取引を行っており、倉橋が退社した昭和六三年九月以降は、アセット第二、第三口座において、今泉が部下の村上、谷口らを使用して、本件取引と同様の取引を行っていたことは前記主張のとおりである。

そして、昭和六二年ころ、倉橋の行った取引の税務調査や海外への現金持ち出しに関連して、右取引の存在を被告が認識するところとなった。

また、アセットの代表者が平成元年夏ころ税務当局から有価証券取引税に関して滞納を指摘されたが、アセットの右売り取引の相手先には被告の買取がかなりの割合を占め、被告との取引が税務調査の端緒となった。そして、約三億円にのぼる右有価証券取引税を今泉が処理したが、そのことは被告も認識していた。この約三億円もの納付額は今泉個人が負担しうるものではなく、アセット名義の口座に現れている会社はいずれも被告の取引先であることからすれば、本件取引は、被告が長期にわたって展開していた同種の取引の一環であり、被告は今泉に対し、その代理権を授与していた。

3 表見代表取締役又は表見支配人

(一) 今泉は、昭和六二年一〇月以降平成二年九月まで被告の常務取締役本店営業部長であり、同年一〇月以降は専務取締役、西日本地区担当本店営業部長であったところ、本件取引に当たり、常務(後に専務)取締役の名称を使用し、又は本店営業部長の肩書を使用した。

(二) 被告は、原告らの悪意・重過失を主張するが、一部上場証券会社の本店営業部長、西日本地区担当などの役職と共に専務(常務)取締役という肩書きを付された今泉が本件取引に関して代表権ないし代理権を有すると信じることは極めて自然であり、株主総会の参考資料等から代表権を有する取締役であるか否かを確認することは実際上あり得ない。

4 追認

被告の代表権を有する専務取締役矢野功(以下「矢野」という。)は、平成三年二月四日、本件取引の効果が被告に帰属することを認め、同月一三日の原告ら代表者と被告との会談において、同年三月一一日限り本件取引に関する全債務について履行する旨確約し、もって本件取引を追認した。

5 遅延損害金の合意

被告(当時の代表取締役矢野)は、原告らに対し、平成三年三月一五日、本件各決済額に対する約定の各決済日から支払済みまで年9.45パーセントの割合による遅延損害金を支払うことを約した。

6 本件取引の公序良俗違反性

(一) 本件取引は金銭消費貸借取引であり、現行証券取引法五〇条の三により禁止された取引には該当しない。また、同条一項一号かっこ書の「買戻価格があらかじめ定められている買戻条件付売買」に該当し、右規定の適用はない。

(二) 同条は、有価証券取引につき、「当該有価証券について生じた顧客の損失の全部若しくは一部を補てんし、またこれらについて生じた顧客の利益に追加するため」の利益提供等を禁止しているが、ここにいう「損失」、「利益」とは、実勢の相場との対比で生じる損失、利益を意味するところ、本件のような取引では、そもそも相場と乖離した金額の取引であり、かつ買取価格は契約時点で定まっており、相場との比較においての「損失」「利益」ということは概念上あり得ず、本件取引に同条の適用はない。

(三) 平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)の下での利回り保証特約は有効と解する説が通説であり、本件取引が同条の適用のある利回り保証の約束に当たるとしても、改正前の行為として有効である。右特約に基づく請求も同法改正前になされており、事後の改正によって右請求をできないとすることは、財産権を保障する憲法二九条に照らしても許されない。

7 よって、原告辰野は被告に対し、買戻条件付売買契約の期限の猶予ないし準消費貸借契約(番号16)、買戻条件付売買契約ないし金銭消費貸借契約(番号41ないし45)に基づき、六二億七四二万七三五七円の支払と、内金二〇億五六五六万五七〇〇円に対する番号41ないし43の決済日の翌日である平成三年一月二二月から、内金二三億二〇六三万七六五七円に対する番号16の決済日の翌日である同月二六日から、内金一八億三〇二二万四〇〇〇円に対する番号44、45の決済日の翌日である同年二月一日から各支払済みまで約定の年9.45パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め、原告日本コンクリート興業は被告に対し、買戻条件付売買契約ないし金銭消費貸借契約(番号46、47、51、52)に基づき、一七億九一三四万六二四〇円及びこれに対する各取引決済日の翌日である同年一月二二日から支払済みまで約定の年9.45パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(主位的請求に関する被告らの主張)

1 原告らと被告との間の買戻条件付売買契約又は金銭消費貸借契約・準消費貸借契約の成否について

(一) 原告らの主張はいずれも否認する。

本件取引の当事者は東海銀行であって、被告ではない。本件取引は、東海銀行が、融資実績の拡大のため、有価証券等の売買によって短期に確実な利益が得られるきわめて有利かつ絶対安全な取引であるとして、原告辰野に対し勧誘したことによって開始された番号1以降の取引(以下「本件一連の取引」という。)の一環として行われたものである。

すなわち、本件一連の取引は、銀行融資を受けた顧客が、実際の株式等有価証券の価格と乖離した額を売買代金として当該有価証券を購入し、一定期間後に他の顧客が銀行の貸付金利を上回るように設定された売買代金で買い取ることによって、売買代金の差額から貸付金利を差し引いた金額に相当する利益を顧客が得るというものであり、この取引の連鎖において、買主に銀行の融資がなされる以上は取引が破綻することはないが、取引が続くに従って、売買価格は実際の有価証券の価格と著しく乖離することになり、銀行が融資を打ち切って、右取引の買主になろうとする者が現れないと、取引の連鎖が切れて破綻する構造になっている。

このような本件取引の法的性質は買戻条件付売買契約でも消費貸借契約でもなく、株式等有価証券の買い契約と売り契約の形式をとった利益保証契約であり、契約時点では契約当事者が特定していない場合もあるという、きわめて特殊な内容の無名契約であり、証券会社である被告の業務とは無関係であり、被告は本件取引に関わっていない。

(二) そもそも本件取引は、東海銀行船場支店の根岸が、昭和六三年一一月ころ、原告辰野に対してした勧誘により始まった取引(番号1)がきっかけとなっており、今泉が原告辰野を初めて訪問したのは、平成元年四月ころであって、最初から今泉が原告辰野らと直接接触していた事実はない。

本件一連の取引に関与した契約当事者は一〇二社、関与した東海銀行各支店も多数にのぼり、本件取引はその一環にすぎない。また、アセットの口座には本件一連の取引に関係した会社名義以外の会社名が数多く現われ、関係当事者の数、動いた資金量からいって、このような取引の仕組みを支えることができたのは、今泉ではなく、東海銀行である。

(三) 番号26、28ないし40の各取引において原告辰野に振り込まれた振込金は東海銀行の融資によってまかなわれていた。

また、原告らは、本件取引が行われた時期に、東海銀行から一〇数億円ないし数一〇億円にのぼる多額の融資を受けており、また、東海銀行からの融資の増加に伴い、本件取引の金額が拡大していることからも、東海銀行の勧誘によって開始された本件取引が、同銀行に対する原告らの信頼の裏付けのもとに継続されたものであり、本件取引の当事者は東海銀行である。

2 被告の今泉に対する本件取引についての代理権の授与

(一) 原告の主張は否認する。

今泉は東海銀行に利用されたに過ぎない。すなわち、今泉の役割は、東海銀行の紹介する顧客の有価証券の買いと売りの差額から銀行の融資金利を差し引いた金額が、銀行が保証した利益の金額に合致するような適当な銘柄を選び、市場の実勢調査を無視した架空の有価証券価格を設定し、東海銀行が新たな契約当事者を見つけてくるまでの間のつなぎとして、アセットが契約当事者となった契約書を作成することと、本件一連の取引開始後のある時期からは、東海銀行各支店の指示する取引の金額、相手方、振込先を原告辰野に連絡したにとどまる。また、本件一連の取引において、今泉以下、村上、谷口、山崎、橋戸ら被告従業員が、本件取引に当たって文書の作成、授受等に関与していたとしても、それは事情を知らないまま今泉の使い走りをさせられていたにすぎない。今泉が、平成三年一月九日、被告専務取締役の肩書で作成した念書は、本件取引が行き詰った時点で、原告らの求めに応じて作成されたものにすぎない。

(二) アセットは被告の受け皿会社ではなく、被告が本件取引を認識していたことはない。

平成元年八月ころ以降、アセットに対して有価証券売買に関する税務調査が行われ、同社は約三億円(有価証券取引税約二億一〇〇〇万円及び売買益に対する法人税約七〇〇〇万円)の国税を納付し、その資金は、有価証券取引税についてはアセットから、法人税については株式会社日本インベストメントリサーチ(本件取引に使用されたアセットではなく、本来の株式会社アセット・マネージメント・サービスが昭和六二年七月に株式会社松本経済研究所に商号変更した後、同年一二月三〇日(登記は昭和六三年一月五日)に商号変更したものである。)から拠出されたが、これは被告とは全く無関係の事実である。アセットの右売り取引の相手先として被告の買取がかなりの割合を占めたという事実もない。

3 表見代表取締役又は表見支配人の成否について

商法四二条は商業使用人に対する規定であって、会社の取締役には適用がないし、原告辰野は昭和六三年四月以降被告の株主となり、株主総会の時期に送付される招集通知添付の参考書類を見れば、今泉が被告の代表権を有しない取締役であることが直ちに判明したから、本件につき商法二六二条の適用はない。

4 追認について

原告らの主張は否認する。

被告は、今泉から平成三年一月一七日に本件取引について告白され、本件取引に関して、原告ら、東海銀行及び被告の三者間で事後的な折衝はあったが、被告は、当初から本件取引は東海銀行と今泉が行ったことであって、被告は関わりがないことを原告らに説明し、その上で、平成三年三月一一日を目途に被告と東海銀行が解決案を提示すると申し出たまでであって、本件取引の履行を追認した事実はない。

5 遅延損害金の合意について

原告らの主張は否認する。

6 本件取引の公序良俗違反性について

(一) 平成三年法律第九六号により改正された証券取引法(以下、平成四年法律第八七号により改正されたものを含めて「改正証券取引法」という。)五〇条の二第一項(なお、右五〇条の二の規定は、平成四年法律第八七号により一条繰り下げられ、五〇条の三として現在に至っている。)により、利回り保証・損失保証のほか、損失補てんの約束、履行のいずれも許されなくなったが、本件取引は同条により禁止された取引に当たる。また、同条一項一号かっこ書の適用除外となる取引の範囲は、政令に委ねられるところ、証券取引法施行令一五条の三は、右取引範囲を、債券等の買戻条件付売買であって、かつ、証券会社が自己の資金調達のために行うものに限定しており、本件取引は右適用除外にはあたらない。

(二) 本件取引が、右改正前の行為であったとしても、改正証券取引法の下でその履行を請求することは、同法五〇条の三第一項三号に規定する損失補てんのための財産上の利益の提供を求めるものにほかならず、請求自体が公序良俗に反し許されない。

(予備的請求に関する原告らの主張)

1 今泉の不法行為責任

今泉は、昭和六二年一〇月以降平成二年九月まで被告の常務取締役、本店営業部長であり、同年一〇月以降は専務取締役、西日本地区担当本店営業部長であったところ、被告とその顧客らの間の株式等の有価証券取引で生じた損失を実質的に補てんし、若しくは保証利回りを実現するため、アセットや被告の他の多数の取引先との間で直前の売買価格に一定の利益を上乗せして売却する取引を「株式現先取引」と称して反復的かつ連続的に行っていたが、昭和六三年一一月ころ、適法な職務権限がなく、原告らに対し、被告において引き取りを拒絶し又は他に引き取り手がなくなる可能性があることを知りながらこれを秘匿し、原告らに対し、被告が責任をもって履行する「安全・確実な取引」であるとして東海銀行船場支店に顧客の紹介を依頼し、同支店の紹介で被告と従前から一部取引のあった原告辰野に右「株式現先取引」を持ちかけて本件一連の取引を開始し、平成元年一月以降は、今泉自ら原告辰野と接触して取引を勧誘し(なお、右行為は特別の利益を提供して顧客に証券取引等を勧誘し(証券取引法五〇条一項五号、現行同項六号)、あるいは断定的判断を提供するものであり(健全性省令一条二号、現行同省令二条二号)、違法な勧誘行為に該当するともいえる。)、原告らをその旨の錯誤に陥れて右取引を継続させ、原告らをして、本件取引の各代金を振込先に振り込ませ、よって、原告辰野は、本件各取引の代金額に相当する六〇億五七八七万六三六〇円と弁護士費用一億八六二〇万三五三八円の合計六二億四四〇七万九八九八円の損害を、原告日本コンクリート興業は、本件各取引の代金額に相当する一七億一一四八万六三三二円と弁護士費用六四五〇万四六一六円の合計一七億七五九九万九四八円の損害を被った。

2 被告の民法七一五条の使用者責任又は商法二六一条三項、七八条、民法四四条の不法行為責任の成否

(一) 本件取引は、外形的に見て被告の事業の範囲にあった。

(二) 今泉は被告の被用者であり、また常務(専務)取締役で業務担当取締役であった。

(三) 本件取引について今泉に適法な職務権限がなかったことについて原告らに悪意又は重大な過失があったとする被告の主張は以下の理由で争う。

(1) 原告辰野が昭和六〇年以降、有価証券資産の比率を増大させた事実はあるが、これは評価が急増した不動産資産とのバランスを取ることを金融機関から勧められて行ったものであり、投機的な行為に傾斜したわけではない。もともと原告らは、投機性の強い取引を嫌い安全確実な取引を希望していた。原告らにおいて証券投資の専門スタッフは一人もおらず、証券会社の提案、申入れを受け入れていたに過ぎない。

(2) 原告らは、今泉が作成した売買契約書を本件取引の都度受領し、原告らが記名押印して交付する書類には、今泉を初めとする担当者の受領署名を受けていた。

(四) 本件は違法性の強い取引詐欺行為であり、原告らについて過失相殺はなされるべきではない。

3 よって、原告辰野は被告に対し、民法七一五条の使用者責任又は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項の不法行為に基づく損害賠償として、金六二億二四〇七万九八九八円の支払と、内金二二億三二九〇万一四八〇円に対する平成二年九月二一日から、内金一四億九六八一万八八〇円に対する同年一二月二〇日から、内金五億三〇一七万六〇〇〇円に対する同月二一日から、内金一七億九七九八万八〇〇〇円に対する同月二八日から、内金一億八六二〇万三五三八円に対する平成三年一月二一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告日本コンクリート興業は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一七億七五九九万九四八円の支払と、内金一一億三〇七八万九二五円に対する平成二年九月二〇日から、内金五億八〇七〇万五四〇七円に対する同月二一日から、内金六四五〇万四六一六円に対する平成三年一月二一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求に関する被告の主張)

1 今泉の不法行為責任について

原告の主張は争う。

原告辰野の本件取引は、東海銀行の勧誘によって始まった本件の一連の取引に端を発しており、右取引は全て東海銀行が仕組み、実行したものであり、今泉は東海銀行各支店が仕組んだ本件取引の金額に合致する内容の契約書の作成と、原告辰野への伝達及び契約書の持参という役割を果たしたに過ぎず、また、原告らに対する決済は平成二年一二月二五日までなされており、今泉が念書に記載した契約のうち番号27は履行されていること等の事実からは、本件取引の成立時点において、今泉に原告らを欺罔する意思はなく、不法行為は成立しない。

2 被告の民法七一五条の使用者責任又は商法二六一条三項、七八条、民法四四条の不法行為責任の成否

(一) 本件取引が被告の事業の範囲に属するとの原告らの主張は否認する。

(二) 原告らの悪意・重過失

原告らが本件取引について今泉に適法な職務権限がなかったことについて悪意又は重大な過失があったことは、以下の事実から明らかである。

(1) 原告辰野は、当時、一〇数社の証券会社を通じて巨額の有価証券取引を行っており、有価証券保有高は一〇〇〇億円を超え、数一〇億円の有価証券売買益を計上するほど有価証券取引を行い、有価証券取引の仕組みに通暁していたにもかかわらず、当初の取引の相手方であるアセットについて何らの調査もせず、本件取引の相手方が不明であるのに本件取引を開始し、取引の相手方を確認することもなく多数回、しかも巨額の本件一連の取引を行っている。

(2) 原告辰野と被告との間には、本件取引当時、正規の有価証券取引も行われていたが、これらの取引に関しては、売買報告書の送付及び残高照合や、取引の裏付けとなる有価証券又はその預り証の授受等の正規の手続が履践されているにもかかわらず、本件取引に関しては正規の手続が履践されなかった。また、本件取引における株式等有価証券の価格は、実勢価格と著しく乖離しており、原告らはこのような取引が有価証券取引としてはあり得ないことについて容易に認識できたはずであったが、この点を被告に照会しなかった。

三  証拠 〈省略〉

第三  争点に対する判断

一  本件取引に至る経緯等

争点に対する判断の前提として、本件取引に至る経緯等について検討するに、前記争いのない事実等並びに〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  アセットは、昭和六〇年四月一一日に設立された株式会社であり、登記簿上の代表取締役は松本和夫であるが、実際の証券業務は松本康(以下「松本」という。)が行っていた。今泉は、昭和五〇年代に、東海銀行から当時ダイエーの財務部に所属していた松本を紹介された。

昭和六〇年五月七日、富士銀行大阪支店にアセット名義の口座が開設された。

2  カミーは、阪和興業株式会社に勤務していた河上文尚(以下「河上」という。)が、昭和五八年に退社後、イランとの貿易等の個人事業をするときに使用していた商号である。倉橋は、昭和六二年ころ、河上を紹介された。

昭和六二年七月二三日、河上により東海銀行大阪支店にカミー口座が開設された。倉橋は、カミー口座開設後、河上からその通帳及び印鑑を預かり、右口座で、有価証券の売買等運用を行っていたが、評価損の出ている有価証券を保有している企業が決算期に損失の計上を先送りするために、決算期前に第三者にいったん売却し、決算期後に予め定められた代金で買戻すという、決算期を挟んだ買戻条件付有価証券の売買(いわゆる「飛ばし」)をカミー口座を利用して行っていた。

なお、被告内部では、株式についてのかかる取引を「株式現先取引(株現)」と呼んでいた。

このような有価証券の転売が続くと、売買代金は有価証券の時価を上回り、含み損を抱えた取引が行われるので、一般の利回りよりも高い利回りで右売買は行われ、自己資金に余裕のない会社は銀行の融資を受けてその取引に参加していた。

3  倉橋は、昭和六二年一一月ころ、カミーの口座から引き出した五億円を香港へ持ち出そうとした件が発覚し、外為法違反の疑いで捜査が行われ、さらに、税務調査も行われたが、その件は、被告の当時の専務取締役矢野の知るところとなった。

東海銀行は、この件で、倉橋に対し、カミー口座を利用することを中止するよう要請した。

4  昭和六二年一二月二八日、倉橋はカミー口座を閉鎖したが、その三日前の同月二五日、従前カミー口座を利用して行っていた前記取引のためにアセット第一口座を開設したが、同口座を一回の振込及び払出に利用したのみで、同月二九日に解約した。

さらに倉橋は、昭和六三年一月二五日、右同様の目的でアセット第二口座を開設したが、同口座からカミー名義で払出・送金されたこともあった。同年一〇月六日、アセット第二口座は解約されたが、その間、同年九月ころ倉橋は被告を退職し、アセットの第二口座の管理は倉橋の上司であった今泉が行っていた。

5  昭和六三年二月ころ、根岸は、被告法人部担当の村上を連れて原告辰野を訪問し、原告辰野の監査役辰野キヨ(以下「キヨ」という。)に被告を紹介した。

6  今泉は、同年一〇月二四日、アセット第二口座と同様の取引に利用する目的で、アセット第三口座を開設した。

7  同年一一月中ごろ、根岸は、電話でキヨに対し、買値、売値及び期間の定まった株式等有価証券の売買取引をすることを勧め、原告辰野は、同月一八日、番号1記載のとおり、アセットから、三菱地所ワラント九七〇ワラントを、代金二億九八一七万四一二〇円で購入し、右代金を東海銀行今里支店のアセットの口座に振り込んで支払った。

右取引について、今泉は、アセットから原告辰野への売渡しと、同原告からアセットへの買取りのそれぞれにつき当該有価証券の銘柄、数量、単価、為替相場等を記載したところの「新株引受権証書売買契約書」と題する契約書を作成したが、その売渡し及び買取りの各代金は、市場の実勢価格とは乖離した高額なものであった。また、原告辰野が実際に株式等有価証券を取得することは取引の前提とされていなかった。

右各契約書は、根岸が、原告辰野にそれぞれ二通持参し、原告辰野の記名押印を受け、根岸の受領を証する押印をし、一通を原告辰野が預かった。

番号1の取引の決済日である平成元年二月一七日、アセットに代わって実際に原告辰野から当該有価証券を買い取った佐伯建設工業株式会社から三億五〇六万一五〇円が原告辰野の口座に振り込まれ、その後、同年四月一二日ころ、今泉が、譲受人欄に佐伯建設工業株式会社の記名押印のある「新株引受権証書売買契約書」を新たに原告辰野の下に持参し、その際、原告辰野は、右書面に今泉の署名を得た。

8  根岸は、平成元年一月末ころ、キヨに対し、今泉を被告の常務取締役として紹介した。

その後、原告辰野側はキヨを窓口とし、番号1と同様の方法で番号2以降の取引を行い、原告日本コンクリート興業も、同様の取引(番号46以降)を行った。なお、原告辰野は、番号5の取引に際し、東海銀行から一〇億円の融資を受けている。

本件一連の取引において、原告らに対する各売買契約書の受渡の際、各契約書に、今泉(番号1、4、6、7ないし10、12ないし16、18ないし33、44ないし53の各取引)や、被告従業員の村上(番号4、7、11の各取引)高岡(番号34ないし40)、谷口(番号41ないし43の各取引)がそれぞれ署名して原告らに手渡した。

9  平成元年八月ころ以降、税務当局によりアセットに対して有価証券売買に関する税務調査が行われ、その際、被告及び今泉も調査の対象となり、被告側は矢野が窓口となって対応した。アセットは、約三億円(有価証券取引税約二億一〇〇〇万円及び売買益に対する法人税約七〇〇〇万円)の国税を納付し、その資金は、有価証券取引税についてはアセットから、法人税については株式会社日本インベストメントリサーチ(昭和六二年七月にアセットが株式会社松本経済研究所に商号変更した後、同年一二月三〇日に商号変更したもの)から拠出された。

10  本件取引に関する事情

(一) 原告日本コンクリート興業は、平成二年九月ころ、番号46、47、51、52の各取引に当たり、「新株引受権証書売買契約書」の写し(甲第四ないし第七号証の3)を、右原告が譲渡人欄に記載された方の契約書の譲受人欄に今泉の署名を得て預かった。

(二) 原告辰野は、同月ころ、番号16の取引に当たり、「新株引受権証書売買契約書」の写し(甲第一三号証の2)を、今泉から署名を得て預かった。

(三) 原告辰野は、同年一二月ころ、番号41、42、43の各取引に当たり、「新株引受権付社債売買契約書」の写し(甲第八ないし第一〇号証の各3)を、右原告が譲渡人欄に記載された方の契約書の譲受人欄に谷口の署名を得て預かった。

(四) 原告辰野は、同月ころ、番号44、45の取引に当たり、「株式売買契約書」の写し(甲第一一、第一二号証の各3)を、今泉から署名を得て預かった。

11  平成三年一月以降、原告辰野の当時の副社長辰野克彦(以下「克彦」という。)は、キヨの行っていた本件一連の取引についても担当することになり、同月四日、克彦は今泉に対し、本件取引の決済日を前に、念のため一筆入れることを要求した。今泉は、原告辰野に対し、同月九日、「下記の取引について期日に遅滞することなく受渡し履行いたします。光世証券株式会社専務取締役今泉仁之」との記載及び「下記の取引」として本件取引の表示があり、かつ本件取引に係る各売買契約書の写しを添付した「念書」と題する文書(甲第一六号証の1ないし3)を交付した。

12  今泉は、平成二年末から平成三年初めころ、本件取引の決済をすることが困難となり、東海銀行からの融資も得られないことからその履行は不可能であると判断し、同年一月一七日、被告専務取締役矢野及び代表取締役巽悟朗(以下「巽」という。)に対し、本件一連の取引についての説明をしたところ、今泉は対内的に全ての業務を禁止され、その結果、全ての営業活動が出来なくなった。

13  原告辰野に係る番号16の取引について決済日に当たる平成三年一月二五日が経過してもアセットから決済金の支払がなく、同原告に係る番号41ないし43の各取引及び原告日本コンクリート興業に係る番号46、47、51、52の各取引について、各決済日に当たる一月二一日が経過してもアセットから決済金の支払がなく、原告辰野に係る番号44、45の各取引について、各決済日に当たる一月三一日が経過してもアセットから決済金の支払がなかった。

二  主位的請求に関する判断

1  争点1(原告らと被告との間の買戻条件付売買契約又は金銭消費貸借契約・準消費貸借契約の成立)について

(一) 本件取引の当事者

前記認定事実及び前掲各証拠によれば、本件一連の取引において、今泉は当初から売買契約書類を作成したほか、被告の常務取締役として根岸により原告辰野に対し紹介され、契約書類も今泉、村上、谷口、高岡らの被告従業員が原告らに受け渡し、本件取引においても、本件一連の取引と同様、当初の売買契約書の写しの譲受人欄に今泉、谷口が署名しており、また、本件取引の決済の念書に、今泉が、被告専務取締役の肩書で、期日に遅滞することなく受渡し履行する旨記載したことが認められ、さらに、甲第七〇号証の1ないし6によれば、原告辰野は本件取引について被告宛の買約書兼売約書を作成していたことが認められ、以上の事実に照らすと、今泉は、本件取引において原告らが売渡しを受けた有価証券を、第三者をして買取らせるか被告が買取ることにより、被告の責任をもって決済する旨の黙示の意思表示をし、原告らがそれに承諾する意思表示をしたと認めることが出来る。

この点、被告は、本件一連の取引は、東海銀行が、融資実績の拡大のために原告辰野に対し勧誘したことがきっかけとなって始まり、今泉は平成元年四月ころに初めて原告辰野と接触したにすぎず、本件取引は、右一連の取引の一環であるから、本件取引の実質的当事者は東海銀行であって被告(今泉)ではないと主張し、証人今泉、同矢野の各証言中には東海銀行が本件一連の取引の主体であって、今泉は同銀行の要請により事務手続を遂行したにすぎないなどと述べる部分があるところ、本件一連の取引は東海銀行の根岸がキヨに対して勧誘したことによって始まったこと、東海銀行の担当者が本件一連の取引に関与していたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、銀行が、融資業務の拡大のため「運用ご提案書」(乙第二号証の1、2)のような書類を作成して顧客に資金の運用を提案する場合はあるが、融資契約とその運用のための取引契約は、当事者及び内容を異にするものであるし、弁論の全趣旨によれば、本件一連の取引の各取引時期と東海銀行から原告らへの融資の時期が一致するのは一回のみであることが認められ、東海銀行が融資拡大のため右取引を主導したともにわかに認めがたいこと、また、前記認定のとおり、本件一連の取引と同種の条件付き有価証券の売買(いわゆる「飛ばし」)は、かねて被告内部で倉橋や今泉によって既に行われており、本件一連の取引はその延長線上にあるものと認められること、根岸は原告辰野に対し、平成元年一月末ころ、今泉を紹介し(これに反する証人今泉の証言は甲第五八号証及び証人根岸の証言に照らし信用できない。)、今泉は当初から本件一連の取引の各売買契約書を作成するなどして、本件一連の取引に深く関与していたものであることなどの諸事情を考慮すると、本件一連の取引は今泉の主導によるものと認めるのが相当であって、東海銀行が実質的当事者であるとする被告の主張は採用できない。

(二)  本件取引の性質

前掲証拠によれば、本件取引で今泉が作成した契約書には「売買契約書」との表題が付され、売買の目的物である有価証券の種類、数量やその代金、譲渡人欄、譲受人欄が記載されており、今泉が、原告辰野との間で、決済日までに新たな買取り先を見つけるか、それができない場合は被告が責任をもって買取ることを条件に締結された買戻条件付売買契約であると認定することができる。

この点、被告は、本件取引の法的性質は、株式等有価証券の買い契約と売り契約の形式をとった利益保証契約であり、契約時点では契約当事者が特定していない場合もあるという、きわめて特殊な内容の無名契約であり、証券会社である被告の業務とは無関係であると主張するが、成立した契約の実質的内容はともかく、法形式的に売買契約の成立を否定する理由はなく、被告の主張は採用できない。

他方、原告らは、本件取引が金銭消費貸借契約に該当するとも主張するが、確かに、本件取引において、原告らが一定の金銭を出捐し、一定期間後に一定の利回りを付した金銭の返還を受けるという点のみに着眼すれば、金銭の貸借とみることも可能であるが、本件取引では、原告らが金銭を支払う相手と金銭の返還を受ける相手とは異なることが予定されていること(本件取引のうちには、原告らに対する売主及び買主のいずれもがアセットである取引があるが、取引の当初はアセットを便宜買主としておき、決済時期までに新たな買主を見つけることが予定されていたと考えられる。)、また、本件取引は、いわゆる「飛ばし」取引の連鎖の一環であって、特定の者が他の特定の者に信用を供与するという実体にはないことなどに照らすと、本件取引を消費貸借契約とみるのは相当でない。

2  争点2(被告の今泉に対する本件取引についての代理権の授与)について

(一) 原告らは、被告は、今泉に対し、本件取引に先立ち、被告のため本件取引をなす代理権を授与していたとし、これを裏付ける事情として、本件一連の取引において、今泉以下、被告法人部所属の村上、谷口、山崎その他の事務職員、第一営業部所属の橋戸らが、文書の作成、授受等に関与して組織的に行動し、業務連絡に用いられた便箋、ファックス送信用紙はいずれも被告の正式用紙であり、ファックスも全て被告会社から送付されていたこと、今泉が原告辰野に対して平成三年一月九日に交付した念書は、その時点での未履行の取引行為を確認し被告がその債務を負担することを確認する趣旨であったこと、アセットは今泉が管理していた被告の受け皿会社であり、被告は本件一連の取引を認識し容認していたことなどを主張する。

(二) 確かに、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、本件一連の取引において、今泉以下、被告従業員の村上、谷口らが、文書の作成、原告らへの授受等に関与していたこと、本件一連の取引において、被告の正式用紙である便箋、ファックス送信用紙が用いられ、本件取引におけるファックスも被告会社から送付されたこと、倉橋は、カミー口座やアセット第一、第二口座を利用して他社と本件一連の取引と同様の取引を行っており、昭和六二年ころ、倉橋の行った取引の税務調査や海外への現金持ち出しに関連して、右取引の存在について被告は認識するところとなったこと、今泉も倉橋が退社した昭和六三年九月以降は、アセット第二、第三口座において、本件取引と同様の取引を行っていたこと、平成元年八月ころ以降、アセットに対して有価証券売買に関する税務調査が行われ、被告及び今泉が調査を受け、被告側は矢野が窓口となって対応したこと、以上の事実が認められる。

(三) しかしながら、平成元年八月ころ以降行われた税務調査の結果、被告に対しては何らの行政処分が行われず、その時点で被告の今泉に対する調査は終了していること、また、今泉が、平成三年一月一七日、被告代表取締役巽及び矢野に対し、本件一連の取引についての説明をしたところ、今泉は対内的に全ての業務を禁止され、その結果、全ての営業活動が出来なくなったことが認められるのであって、被告が本件取引の事実を認識していればこのような対応は不自然であること、今泉が、原告辰野に対し、念書を交付したのは、平成三年一月九日であり、巽及び矢野に対し本件一連の取引についての説明をする前であり、被告は右念書を今泉が作成することについて認識していなかったこと等を考慮すると、被告が、本件取引に関する代理権を今泉に授与していたことまで認めることはできず、他に被告が本件取引を認識し、これを容認していたと認めるに足りる証拠はない。

(四) したがって、被告が今泉に対し、本件取引の代理権を授与していたことは認められず、原告らの主張は理由がない。

3 争点6(本件取引の公序良俗違反性)について

原告は、被告が今泉に本件取引の代理権を授与していなかったとしても、表見代表取締役又は表見支配人が成立するとし(争点3)、あるいは被告は本件取引を追認した(争点4)として、今泉と原告らとの間で行われた本件取引の効果が被告に帰属する旨主張するが、仮に右主張が認められるとしても、本件取引が公序良俗に違反し無効であるならば、原告らの主位的請求は理由がないことに帰するので、これらの点はひとまずおき、まず争点6について検討する。

(一)  改正証券取引法五〇条の三は、多数の証券会社による特定顧客に対する損失保証、損失補てんの頻発により、証券市場の価格形成機能がゆがめられ、証券会社の市場仲介者としての中立性・公正性等の証券取引の秩序が害されたことを契機に、健全な証券取引秩序と証券市場に対する信頼を回復、維持するため、第一項において、事前の損失保証・利益保証の申込み、約束の禁止(一号)、事後の損失補てん・利益追加の申込み、約束の禁止(二号)、事後の損失補てん・利益追加の実行の禁止(三号)を定め、第二項において、顧客についても、その要求により損失保証の約束等をすることを禁止している。そして、改正証券取引法は、違反行為に対しては懲役刑を含む刑罰を科するものとし(一九九条一号の六、二〇〇条の三号の三)、さらに、顧客が財産上の利益を得た場合にはその利益を没収・追徴することとしている(二〇〇条の二)。

このような改正証券取引法五〇条の三の趣旨及び内容に鑑みれば、右規定は、取引の形式を問わず、実質的に証券取引秩序を害し、証券市場に対する信頼を損う損失保証・利益保証等に該当する取引を一律かつ網羅的に禁止したものと解すべきである。

そして、改正証券取引法が前記のような改正趣旨により、損失保証・利益保証等を網羅的に禁止し、証券会社のみならず顧客に対しても懲役刑を含む重い刑罰をもってその遵守を求めていることに鑑みれば、損失保証・利益保証等は、証券取引秩序を害し証券市場に対する信頼を損なう反社会性の強い行為であって許されないものであり、右のように違法性の強い内容を持った約定は、単に証券取引法の右条項に違反するだけでなく、右約定そのものが公序良俗に違反するものとして、民法九〇条により無効となると解するのが相当である。

(二)  そこで本件についてみると、前記認定のとおり、本件取引は、原告らが、今泉の作成した契約書のとおりに、売主から株式等の有価証券を市場の実勢価格から著しく乖離した高価格で購入させるに当たり、予め一定期間後に今泉が第三者に約定利回りを上乗せして買い取らせることを約束していたもので、このような本件取引は有価証券の取引によって原告らに一定の利益を得させることを当初から予定した取引であることが明白であるから、実質的に見て、本件取引は、証券取引秩序を害し、証券市場に対する信頼を損なう損失保証・利益保証を約束したものであると認められる。

(三)(1)  この点、原告らは、本件取引は金銭消費貸借取引であり、改正証券取引法五〇条の三により禁止された取引には該当しないと主張するが、前記説示のとおり本件取引は買戻条件付売買契約であって金銭消費貸借契約とみるのは相当でない上、右規定は、取引の形式を問わず、実質的に証券取引秩序を害し、証券市場に対する信頼を損なう損失保証・利益保証等に該当する取引について広く及ぶものであるから、原告らの右主張は失当である。

また、原告らは、同法五〇条の三第一項一号かっこ書の「買戻価格があらかじめ定められている買戻条件付売買」に該当し、右規定の適用はないと主張する。

しかし、右規定の適用が除外されているのは「買戻価格があらかじめ定められている買戻条件付売買その他の法令で定める取引」であるところ、同法五〇条の三第一項一号及び同法施行令一五条の三によると、適用除外取引は同法二条第一項一号から四号まで及び八号に掲げる有価証券(転換社債券を除く。)、同項九号に掲げる有価証券で同項一号から四号まで及び八号に掲げる有価証券の性質を有するもの並びに同法施行令一条の有価証券に係る買戻条件付売買であって、買戻価格が予め定められているもの(以下「債券等の買戻条件付売買」という。)のうち、証券会社が専ら自己の資金調達のために行うもの(他の債券等の買戻条件付売買の相手方となることにより不足することとなる資金を調達するために行う場合を含む。)に限られ、本件のような株式等の買戻条件付売買は適用除外取引の対象として規定されておらず、原告らの右主張は失当である。

(2)  また、原告らは、同法五〇条の三で規定する「損失」、「利益」とは、実勢の相場との対比で生じる損失、利益を意味するところ、本件のような取引では、そもそも相場と乖離した金額の取引であり、かつ買戻価格は契約時点で定まっており、相場との比較においての「損失」、「利益」ということは概念上あり得ず、本件取引に右規定の適用はないと主張するが、前記説示のとおり、本件取引は、有価証券取引によって一定の利益を得させることを事前に予定したもので、実質的に証券取引秩序を害し、証券市場に対する信頼を損なう損失保証・利益保証の約束に該当する取引であると認められるから、原告らの右主張は失当である。

(3)  さらに、原告らは、旧証券取引法の下での利回り保証特約は有効であり、本件取引が同条の適用する利回り保証の約束に当たるとしても、右改正前の行為として有効であること、右契約に基づく請求も右改正前になされており、事後の改正によって右請求をできないとすることは、財産権を保障する憲法二九条に照らしても許されないと主張する。

確かに、本件取引は、改正証券取引法の施行前にいずれも成立しており、旧証券取引法には改正証券取引法五〇条の三のような禁止規定は存在せず、単に旧証券取引法五〇条一項三号が、有価証券の売買その他の取引につき、証券会社又はその役員、使用人が顧客に対して当該有価証券について生じた損失の全部又は一部を負担することを約して勧誘する行為をしてはならないとして、これらの者が勧誘に際して損失保証の約束をすることを禁止していたにとどまる。

しかしながら、旧証券取引法の下でも、損失保証・利益保証等は、証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに、証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであったことは変わりなく、これを反社会的行為とする認識が次第に形成され、そのことが証券取引法の改正につながったものということができるところ、右改正の経過に鑑み、少なくとも本件取引成立時には、既に、損失保証・利益保証等が証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたとみられる。

そうだとすると、本件取引が改正証券取引法施行前に成立したものであっても、公序良俗に反し無効であるというべきである。

4  よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの主位的請求は理由がない。

三  予備的請求に関する判断

1 争点1について

(一)  前記認定説示のとおり、本件取引は、今泉と原告らとの間で締結され、その内容において、実質的に証券取引秩序を害し、証券市場に対する信頼を損なう損失保証・利益保証の約束に該当する取引であることが認められ、そして、このような本件取引をすることを、被告が認識し、容認していたとは認められないから、今泉の行った本件取引は、同人の職務権限の範囲外であったと認められる。

(二)  そして、前記認定事実によれば、今泉は、平成三年一月一七日になって初めて、矢野及び巽に対し、本件一連の取引についての説明をしたというのであって、自分に本件取引をする権限がないことを認識していたことが認められ、したがって、今泉は、本件取引をする職務権限がないのに、原告らに対し、本件取引が被告の行う取引であって被告の責任において決済されるものと誤信させ、もって、原告らをして、本件取引の各代金を支払わせ、よって各代金額相当の損害を被らせたものであるから、民法七〇九条による不法行為責任を免れない。

(三)  この点、被告は、原告辰野の本件取引は、東海銀行の勧誘によって始まった本件一連の取引に端を発しており、右取引は全て東海銀行が仕組み、実行したものであり、今泉は東海銀行各支店の使者的な役割を果たしたにすぎず、また、原告らに対する決済は平成二年一二月二五日までなされており、今泉が念書に記載した契約のうち番号27は履行されているから、本件取引の成立時点において、今泉に原告らを欺罔する意思はなかった旨主張する。

しかしながら、被告の右主張のうち、本件取引が東海銀行の主導によるものであって、今泉はその補助者にすぎないとの点が理由がないことは、既に認定説示のとおりであるし、また、その職務権限の範囲内でないことを知りながらあたかも権限があるかのように振る舞い、原告らをして被告の責任において決済されるものと誤信せしめて本件取引に応じさせた点において不法行為責任を免れず、なお、本件一連の取引のうち、本件取引を除く取引については、たまたま当該有価証券を買取る新たな第三者を見つけることができ、破綻の危険が顕在化せずに終わったにすぎず、本件取引が本来的に有する破綻の危険を今泉が事前に知り、又は知りうべきであった以上、原告らの損害につき故意過失を否定できない。

(四)  なお、前記認定事実及び前掲証拠によれば、今泉は、証券会社の常務取締役(後に専務取締役)という地位にあって、証券市場における正常な価格形成機能を維持し、市場仲介者としての中立性・公正性に配慮すべき立場であったにも拘わらず、東海銀行の勧誘をきっかけに始まった原告辰野の本件一連の取引につき主導的役割を果たし、自ら売買契約書を作成したり、自己の部下を使用して、被告の通常の勤務時間内に、右書類等の受渡をさせていること、また、〈証拠等省略〉によれば、今泉は、番号40の取引において、売買当事者の原告辰野と箕面観光開発株式会社(譲受人)の各名義の印鑑を無断で作り、これを利用して取引が正常に決済されたように契約書を作成し、かつ決済金の不足分は自ら埋め合わせて取引を継続させ、番号44の取引については、変造した東海銀行の株式を、番号45の取引については、他社名義の新日本製鉄株式の預り証を原告辰野に交付し、原告辰野に取引の決済について安心させるよう取り繕うなど不正な手段を弄していること、最終的に、決済不能となった額は本件請求のとおり数一〇億に達しており、今泉が本件取引の権限がないのにした行為の違法性の程度及び結果は極めて重大であること、それに比べると、原告らは、東海銀行の勧誘に応じて資金運用の目的であたかも高利率の金融同然の行為として本件一連の取引を開始し、四〇数回も決済を受け、本件取引もその一環として行っているものの、原告らから積極的に今泉に対し本件取引を行うように求めたことは本件証拠上認められず、今泉の不法性の程度は、原告らの不法性に比し、はるかに強いものと評価することができ、今泉が不法行為責任を免れるべき理由はない。

2 争点2について

(一)  前記認定事実によれば、今泉は、被告の常務取締役であるとして原告らに根岸から紹介され、本件一連の取引に関する契約書を作成し、原告らに受渡をしていたが、その内容は、株式等有価証券の売りと買いを組合わせたものであって、形式的には株式等有価証券の売買であり、本件当時において、実質において証券取引秩序を害し、証券市場に対する信頼を損なう損失補てん、利益保証に該当する取引であったとしても、必ずしも本件取引について被告がどのような取扱いをしているかはその外形上正確に評価することが困難であったことを考慮すると、今泉の右行為は、被告の証券取引業務と密接な関連を有し、その外形から見て、被告の事業の執行の範囲内に属するものと見るのが相当である。

(二)  もっとも、その取引行為が、その行為の外形から見て、使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら又は重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害について、その取引の相手方である被害者は、使用者に対してその賠償を請求することができないものと解すべきである。しかしながら、このように、相手方の故意のみでなく重大な過失によっても使用者が損害賠償の責を免れるには、公平の見地に照らし、被用者の行為の外形に対する相手方の信頼が、重大な過失に基づくときは、法律上保護に値しないものと認められるためにほかならないから、ここにいう重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでない事情を知ることができたのに、それを怠り、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もって、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解するのが相当である。

そこで、本件において、原告らが今泉の行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを知っていたか、あるいは、知らなかったことにつき重大な過失があるか否かについて検討する。

〈証拠等省略〉によれば、原告辰野は、本件一連の取引が行われた当時、一〇数社の証券会社を通じて証券取引を行い、有価証券保有高は一〇〇〇億円程度まで達し、約二〇億円の有価証券売買益が出ており、本件取引と同様の取引を他の証券会社とも行っていたこと、原告辰野は東海銀行の勧誘の電話一本で本件一連の取引を開始したこと、原告らは、正規の有価証券取引のものとは異なる売買契約書類を受領するだけで、売買報告書の送付や残高照合等の手続も行われなかったこと、原告らは、本件取引における株式等有価証券の価格は、実勢価格と乖離していることを知っていたのに、この点について被告に照会せず、本件一連の取引を四〇数回にわたり行ったことが認められる。

以上の事実に照らすと、原告らが今泉に本件取引の権限があるものと信じたことについて、通常なすべき注意を欠いたものということはできる。

しかしながら、他方、前記認定事実及び前掲各証拠に照らすと、今泉は、本件一連の取引に関し根岸から原告辰野に対し紹介された当時、被告の常務取締役本店営業部長であったが、原告らは、その今泉を被告の常務取締役として東海銀行の根岸から紹介され、その今泉と行った本件取引も適法な現先取引であると信用していたこと、今泉が作成した売買契約書類を本件取引の都度受領し、その写しの譲受人欄に今泉、あるいはその部下の谷口の署名をもらっていることに照らすと、これのみをもってしては、原告らを全く保護に値しないほどに著しく注意が欠けていたものとすることはできないから、悪意であったことはもとより、未だ重大な過失があるものと認めるには足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 過失相殺

前項の認定説示に照らせば、原告らは本件取引に関し通常のなすべき注意を尽くしてはいないものと認められ、損害賠償額を算定するにあたってこれを斟酌するのが相当であり、本件に現れた原告ら及び被告双方の一切の事情を考慮すると、原告らの過失割合は三割とするのが相当である。

(四) 損害額

(1) 原告辰野の本件取引による過失相殺後の損害額は、番号16の取引については一五億六三〇三万一〇三六円(右取引において原告辰野は番号14、15の決済金額の対当額二二億三二九〇万一四八〇円を振り替えたにすぎないが、本来取得しえた金員を取得できなかったという意味で、右振替額相当の損害を被ったと考えられる。)、番号41の取引については八億八三七六万九六〇〇円、番号42の取引については一億六三九九万八〇一六円、番号43の取引については三億七一一二万三二〇〇円、番号44の取引については八億七九八九万一六〇〇円、番号45の取引については三億七八七〇万円の合計四二億四〇五一万三四五二円が相当であり、原告日本コンクリート興業の過失相殺後の損害額は、番号46の取引については五億六四六九万五四六〇円、番号47の取引については二億二六八五万一一八七円(一円未満切り捨て)、番号51の取引については二億四六四七万八五二七円(一円未満切り捨て)、番号52の取引については一億六〇〇一万五二五七円(一円未満切り捨て)の合計一一億九八〇四万〇四三一円が相当である。

(2) 弁護士費用

原告らが本件不法行為により被った弁護士費用相当の損害は、原告辰野につき一億二七二一万五四〇三円、原告日本コンクリート興業につき三五九四万一二一二円が相当である。

第四  結論

以上によれば、原告らの請求のうち、主位的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、予備的請求は前記説示の限度で理由があるから右の限度で認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中澄夫 裁判官今中秀雄 裁判官有冨正剛)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例